第1章 はじめに──調雅子との出会い(最新版・修正反映)

🌱出会い

私にとってヴァイオリニスト調雅子は、特別な存在です。最初の出会いは2024年8月28日、クライスラー《前奏曲とアレグロ》を聴いたときでした。

🎻迷いのない勢い

一音が立ち上がる瞬間に迷いがないと感じ、速さや大きさではなく、決めた通りに踏み出す行為そのものが音になっているのだ、鳴り響くのはその魂だと感じました。その一瞬で胸を射抜かれ、以後は彼女の演奏を繰り返し聴く日々となっていきます。録音であっても第一音の輪郭は曖昧にならず、かえって必要な情報だけが浮かび上がり、意志の方向が見えてきます。私はそこに「迷いのない勢い=行動」という彼女の核を見ています。

🎼演奏に漂うセクシーさ

もう一つ忘れがたいのは、響きに漂う「セクシーさ」です。それは派手さではなく、生きる覚悟が立ち上がる香りです。力強さの背後にはしなやかさがあり、推進力の後には静かな余韻が残り、その両方が同時に存在することで、音は人の体温を帯びて届いてきます。私はそこで、ヴァイオリンが単なる“歌う楽器”を越え、人の生き様をさらけ出せる楽器であると知りました。

🕯妻・ちーちゃんの悲劇

同じ頃、妻(ちーちゃん)がくも膜下出血で倒れ、日常は一変しました。救急搬送、病室の静けさ、祈るしかない時間のなかで、私は何度もあの《前奏曲とアレグロ》を聴き返し、調雅子の音に寄りかかっていきます。涙のようにしみ込む音は慰めであり、同時に「また歩ける」という合図でもありました。言葉より先に音が届き、「前を向け」「大丈夫だ」と確かに聞こえてきます。

その響きに支えられ、私は少しずつ日常へ戻る階段を上がっていくことができました。この体験は誇張ではなく、私の耳と心が受け取った事実であり、私自身の鮮明な記憶です。だから私は、調雅子を特別な存在と呼ぶのです。

第一音に刻まれた行動、音色に滲む覚悟、それらは録音でも実演でも揺らぐことなく、今も聴き手の生活に直接触れてきます。私にとって彼女のヴァイオリンは、芸術の域を超えて、生活を支える宝石であり、心の拠り所となっています。困難の渦中でも、喜びの瞬間でも、その宝石に触れれば姿勢を立て直すことができます。私はこれからも、その音に触れて生きていきます。

🌟私にとっての特別な存在

最初の衝撃を私は今も鮮明に覚えており、一音の立ち上がりが私の時間を止め、その後に続く静けさも音楽の一部となっていきました。呼吸が音に重なり、姿勢が整っていくのを感じます。聴くほどに決断の輪郭は濃くなり、私は何度でも最初の瞬間に立ち返ります。それが私の歩き方を支えています。

今も、あの最初の出会いの衝撃を拠り所にして前へ進んでいます。音は過去を慰め、現在を支え、明日を示します。私はその意味を聴き続けています。

🎻第2章 行動としての音──迷いのない勢い

🌱 きっかけと迷い

2024年2月18日、紀尾井ホールでアウグスティン・ハーデリッヒのリサイタルを聴いたのが、私にとっての転機でした。終演後、ヴァイオリンのレッスンを受ける決心をしましたが、実際に練習を始めても音は細く響かず、壁を破れない感覚に悩まされました。真面目に弾いているのに、何かが足りない。そんな迷いを抱えていました。

🎶 《前奏曲とアレグロ》の衝撃

そのような時に出会ったのが、調雅子のヴァイオリンでした。2024年8月28日、アルバム『Shirabe – melodies –』の冒頭に収められたクライスラー《前奏曲とアレグロ》を初めて聴いたのです。第一音が立ち上がる瞬間にためらいがなく、「出すと決めた」確信そのものの響きなのなかなと鮮烈な一瞬でした。ここで胸を射抜かれ、私は「音が行動になる」という感覚を知りました。

📀 『Shirabe』を聴き続けて

それからは『Shirabe – melodies –』を繰り返し聴きました。《前奏曲とアレグロ》だけでなく、マスネ《タイスの瞑想曲》やラヴェル《ツィガーヌを》にも同じ核が感じられました。柔らかな旋律の中にも揺らぎのない決断があり、優雅な舞曲であっても一歩を踏み出す足音のように確かさを刻んでいる。録音であっても「迷いのない勢い」が鮮明に伝わってきました。

🌐 YouTubeとXから学んだこと

私は彼女のYouTubeチャンネルを見、Xの投稿を遡って読みました。演奏の合間に見える姿や言葉からも、「迷わず前へ進む」姿勢がにじみ出ています。聴き続けるうちに、私の中でも変化が生まれました。響かない音を嘆くよりも、思い切って弓を置いてみる。迷う前に決めることが、音を豊かにする。そう気づかされたのです。

✨ 迷いのない一音が教えてくれること

調雅子のヴァイオリンは、単なる技巧や美音を超えて「決断」として響いています。その迷いのない勢いに触れることで、私は「もっと思い切って弾こう」と背中を押されました。彼女の第一音には、聴き手を前へ進ませる力があります。私にとってそれは、音楽であると同時に、生きる姿勢を学ぶ手本となっているのです。

🌹3章 覚悟としての音色──セクシーの意味(訂正版・小見出し入り)

🌱 セクシーさの本質
調雅子の演奏に漂う「セクシーさ」は、外面的な華やかさではなく、音の奥に感じる誠実さと強さです。力強い響きと静かな余韻が自然に共存し、聴く者に人間的な温度を伝えます。

🎶 「調の時間」に表れた覚悟
彼女の活動の中で象徴的なのが「調の時間」です。2016年に始まり、現在も継続している高齢者施設での定期演奏会シリーズであり、舞台の華やかさとは無縁の環境で音を届け続けています。その継続の事実が、彼女の「音を絶やさない覚悟」を何より雄弁に示しています。拍手や名声のためではなく、生活の場に寄り添って音を奏でる。その姿勢そのものが、彼女の音に温もりを与えています。

✈️ コロナ禍での留学
2020年から2022年にかけて、ベルギー・レメンス音楽院へ留学し、首席で修了しました。 世界的に移動が制限されていた困難な時期に、学びの機会を自ら選び取ったという一点に、演奏家としての確固たる意志が見えます。具体的な演奏の変化について私が語ることはできませんが、そうした選択の積み重ねが現在の活動につながっていることは確かです。

🎹 帰国記念リサイタル
20221014日、三鷹市芸術文化センター〈風のホール〉でピアニスト佐藤勝重氏と共に帰国記念リサイタルを開催。 イザイ《無伴奏ソナタ》第4番やフランク《ヴァイオリン・ソナタ》を披露し、留学の成果を示す節目の公演となりました。

🤝 調DUOと調カルテット
その後、彼女はチェリスト大宮義人氏と調DUO”を結成。 さらに**2024年には“調カルテット”**を立ち上げ、リーダーとして音楽をまとめる力を発揮しています。共演者と呼吸を合わせ、音の流れ全体を導く姿に、彼女の「姉御」としての資質がにじみます。

🎵 調TRIO──5周年を迎えて
2025年には調TRIO”として活動5周年を迎えます。ピアノ古田友哉氏、チェロ大宮理人氏とともに全国4都市ツアーを行い、東京公演は10月24日、杉並公会堂で開催されます。仲間と積み上げてきたアンサンブルの歴史は、彼女の音楽の新たな柱となっています。

🎼 『Shirabe – melodies –』に刻まれた覚悟
彼女のアルバム『Shirabe – melodies –』には、そうした歩みの延長としての音楽が収められています。クライスラー《前奏曲とアレグロ》やマスネ《タイスの瞑想曲》、ラヴェル《ツィガーヌ》──いずれの作品にも、丁寧で誠実な姿勢が一貫して感じられます。派手さを求めず、音そのものに思いを込める。その一貫した姿勢が、私にとって「覚悟としての音色」と呼ぶべきものです。

💫 続けることから生まれる強さ
調雅子の音には、外向きの演出ではなく、続けることそのものから生まれる静かな強さがあります。どんな場所でも、誰に対しても、変わらず音を届ける。私はそこに、彼女の本当の魅力を見ています。

💎終章 おわりに──私が彼女を聴き続ける理由(簡潔版)

私にとってヴァイオリニスト調雅子は、特別な存在です。

2024年8月28日、クライスラー《前奏曲とアレグロ》を初めて聴いた瞬間、私はその一音に射抜かれました。迷いのない音、揺るがない意志。あの衝撃が、今も私を動かしています。

彼女の音には、いつも行動があります。第一音を置く瞬間に、すでに決断がある。

そしてもう一つ──その音の奥に、覚悟の静かな香りが漂います。

高齢者施設での「調の時間」を八年間続けてきた事実が示すように、彼女の音は派手さではなく、支える力として鳴り続けています。

芸術としての完成よりも、人の生き方としての誠実さ。

それが、調雅子のヴァイオリンです。

私は、あの第一音に戻りながら生きています。

行動と覚悟、その両方を教えてくれる音。

だから私は、これからも彼女を聴き続けます。

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投稿者 n.tatsuro

クラシック音楽をたくさん聴いて楽しみましょう。

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